更新時に家賃を上げると言われたら
断れる理由・法定更新・供託まで徹底解説
「更新のタイミングで家賃を3,000円上げます」——このとき、ほとんどの借主は交渉できることを知らずに受け入れます。 断れる法的根拠、退去させられない理由、供託という最終手段まで、借主側の権利を整理します。
最初に:普通借家なら、値上げを断っても退去させられません
普通借家契約では、借主が値上げに同意しなくても「法定更新」により現行条件で契約が続きます。 貸主が「値上げに合意しないなら出ていけ」と言っても、正当事由のない退去請求は認められません。 これは借地借家法28条が借主を保護しているためです。
1. まず契約の種類を確認する
対処法は契約の種類によって根本的に異なります。契約書の表紙または第1条の「契約の種類」を確認してください。
普通借家契約
- ✓期間満了後も法定更新で継続
- ✓貸主から解約するには正当事由が必要
- ✓値上げ拒否だけでは退去させられない
- ✓借主に強い保護がある
定期借家契約
- !期間満了で契約が終了する
- !再契約は双方の合意が必要
- !貸主が再契約を拒否できる
- !交渉力は相対的に弱い
以下は主に普通借家契約の話です。定期借家については最後のセクションで説明します。
2. 借地借家法32条:値上げが認められる条件
借地借家法第32条は、貸主・借主の双方に賃料の増減を請求できる権利を与えています。ただし、増額が認められるには以下のいずれかの事情が必要です。
家賃増額が正当とされる3つの事情(借地借家法32条)
①近傍類似の建物と比較して不相当になった
周辺の同条件の物件と比べて、現在の家賃が著しく低くなった場合。近隣相場との比較が最も重要な要素です。
②土地・建物の価格の上昇など経済事情の変動
地価や建物価格が大幅に上昇した場合。単なる「物価上昇」は必ずしもこれに含まれません。
③固定資産税その他の公的負担の増加
固定資産税・都市計画税などが実際に増加した場合。「増えるかもしれない」では不十分です。
「正当事由」にならない理由の例
- 「修繕費が増えたから」→ 管理コストは賃料に含まれるのが前提
- 「物価が上がったから」→ 経済事情の変動には該当するが、周辺相場との乖離が証明できなければ弱い
- 「他の物件より安いから」→ 他の物件と比較するのは相場確認が必要
- 「リノベーションしたから」→ 入居後の改修は原則として理由にならない
貸主が値上げを求める場合、上記の事情を具体的に示す必要があります。「値上げしたい」という意思表示だけでは不十分です。「値上げの根拠を書面で示してください」と求めることは正当な行為です。
3. 法定更新とは何か——最大の武器
これが借主の最大の武器です。普通借家契約では、期間満了時に貸主・借主のどちらも解約を申し出なければ、自動的に同一条件で更新されます(借地借家法26条)。これを「法定更新」といいます。
法定更新の仕組み
① 貸主から「値上げに同意しなければ更新しない」と言われた
↓
② 借主が値上げに同意しない
↓
③ 期間満了を迎えても、現行条件で法定更新される
↓
④ 貸主は値上げ分について別途「賃料増額請求」の手続きが必要
つまり、貸主が「値上げに合意しないなら更新しない」と言っても、法律上は更新されます。貸主が本当に退去を求めるには、正当事由のある解約申し出を期間満了の6ヶ月前までに行う必要があります(借地借家法26条・28条)。
貸主が「退去してほしい」と言える正当事由の例
- 建物の老朽化による取り壊しが必要(かつ補償がある)
- 貸主自身またはその親族が居住する緊急の必要性
- 借主が賃料を長期間滞納している
「家賃値上げに合意しないから」は正当事由にはなりません。
法定更新後の契約は「期間の定めのない契約」になります。この場合、貸主は解約を申し出てから6ヶ月後でなければ退去を求められません(しかも正当事由が必要)。実務上、正当事由のない退去請求はほぼ認められません。
4. 供託制度——合意できない家賃の払い方
法定更新後も家賃は払い続ける必要があります。しかし、貸主が「値上げ後の家賃でなければ受け取らない」と言って家賃受領を拒否する場合があります。このとき、受け取り拒否を理由に滞納扱いにされないための手段が供託です。
供託の仕組み
法務局(供託所)に現行賃料を預けることで、「払う意思があるが貸主が受け取らない」という状態を公式に記録できます。受領を拒否された場合でも、供託すれば債務不履行(滞納)にはなりません。
供託の注意点
供託は法律上の権利ですが、手続きに誤りがあると保護を受けられない場合があります。実際に行う場合は、法務局の窓口に相談するか、司法書士・弁護士に確認することを推奨します。また、最終的に増額が認められた場合は差額+利息の支払いが必要になります。
5. 交渉の進め方と業者の圧力パターン
交渉の基本ステップ
通知を受けたらまず書面で根拠を確認する
口頭での通知だけで応じる必要はありません。「値上げの根拠(借地借家法32条のいずれに該当するか)を書面で教えてください」とメールで伝えます。
近隣の相場を自分で調べる
SUUMOやHOMESで同エリア・同条件の物件を10件程度調べます。現在の家賃が相場より安くなければ「相場との乖離なし」を主張できます。
相場を根拠に対案を提示する
「調べた相場では現在の家賃は妥当な範囲です。値上げには同意できません」と書面で返します。証拠として調べた物件のURLや金額を添付すると効果的です。
折衷案を提示する(任意)
交渉を続けたい場合は「2年かけて段階的に1,000円ずつ」「設備の改善と引き換えに一部値上げを受け入れる」などの代替案を提示できます。
よくある圧力パターンと対処
「同意しないと更新できません」
法定更新があるため、同意がなくても更新されます。「法定更新により現行条件で更新されると認識しています」と伝えましょう。
「周りの物件はもっと高い」
「周辺相場を自分でも確認しましたが、同条件の物件と比べて現在の家賃は妥当な範囲でした。調べた物件の情報を共有します」と具体的な根拠で返しましょう。
「管理費・修繕費が増えたので」
管理コストは賃料に含まれるのが前提です。「借地借家法32条の事由に該当するかを確認したいので、コスト増加の内訳と金額を書面で教えてください」と返しましょう。
「他の入居者はみんな同意している」
他の入居者の状況はあなたの契約と無関係です。「他の方の状況ではなく、私の契約における値上げの法的根拠を確認しています」と焦点を戻しましょう。
6. 合意できない場合の流れ(調停・裁判)
交渉が決裂した場合、貸主側が採れる法的手段は「賃料増額調停の申し立て」です。いきなり裁判になることはありません。
双方が協議。借主は書面で根拠確認・現行賃料の支払いを継続。
貸主が賃料増額調停を申し立て。調停委員が間に入り協議。費用は申立人(貸主)負担が基本。調停中も現行賃料の支払いを継続(差額は後で精算)。
調停が不成立の場合。裁判所が賃料の相当額を判断。増額が認められた場合は増額確定日の翌月から差額+年1割の利息を払う(借地借家法32条3項)。
調停・裁判になると貸主にとってコストと時間がかかります。合理的な根拠がない値上げであれば、調停で認められないケースがほとんどです。このプロセスを借主が知っているだけで交渉の均衡が変わります。
調停中・裁判中の現行賃料支払いは必須
増額に同意しない間も、現行賃料は毎月払い続けてください。増額が正当と認められた場合、差額は後から精算しますが、現行賃料すら払わないと別問題(債務不履行)になります。
7. 定期借家の場合は全く別の話
定期借家契約は期間が満了すると終了します。法定更新がないため、上記の「断れる」ロジックはそのまま当てはまりません。
定期借家における更新期の構造
① 契約期間満了の1年〜6ヶ月前に「終了通知」が届く
② 貸主が再契約を提示——この時に「家賃値上げ」が条件として出てくる
③ 借主が合意すれば再契約、合意しなければ退去になる可能性がある
相場を根拠に交渉する余地はある
「近隣の同条件物件と比べて値上げ幅が大きすぎる」という根拠で、値上げ幅の縮小を交渉することは可能です。貸主も空室を嫌うため、交渉の余地が全くないわけではありません。
終了通知が来なかった場合は確認する
定期借家では期間満了の6ヶ月前までに書面で終了通知が来なければ、終了を主張できない場合があります(借地借家法38条4項)。通知の有無・時期・方法を確認しましょう。
「定期借家」の書面交付・説明があったか確認する
定期借家契約として有効となるには、契約前に「更新がなく期間満了で終了する」旨の書面を別途交付・説明していることが必要です(借地借家法38条2項)。これがなければ普通借家として扱われる可能性があります。
法的根拠・参考資料
借地借家法第32条第1項(賃料増減請求権)
「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」——増額には具体的な事情の立証が必要。
借地借家法第26条第1項(法定更新)
「建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知…をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす」——借主の最大の保護規定。
借地借家法第28条(正当事由)
「建物の賃貸人による第26条第1項の通知…は、建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、…正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない」——家賃値上げ拒否のみでは正当事由にならない。
民法第494条以下・供託制度
貸主が賃料の受領を拒否した場合、借主は法務局(供託所)に「弁済供託」として現行賃料を預けることで、債務不履行(滞納)を回避できる。供託後は貸主に通知が必要。最終的な増額確定後に差額を精算する。
借地借家法第32条第3項(増額確定後の精算ルール)
「建物の賃貸人が賃料の増額を請求した場合において、その増額を正当とする裁判が確定したときは、賃借人は、その裁判が確定した日から一年以内に、不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない」
借地借家法第38条第4項(定期借家の終了通知)
定期借家で貸主が期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に終了通知を行わなかった場合、その後通知を発しても期間満了により契約は終了しない——通知の有無・時期の確認が重要。
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